自主的なヴィパッサナー瞑想会

ちょっと前に知り合った隣町の人がヴィパッサナー瞑想者だった。
福岡市内で1日瞑想会があるけども、なにせ遠い。
話の流れで近場で集まって瞑想会をやってみようということに。

先日はその1回目だった。
まずは気楽さと交流を両立させるべく、9時半〜12時半ぐらいで瞑想、そしてその後は持ち寄りでご飯会となった。参加者は僕を含めて3名。

瞑想の部はアナパナ瞑想を30分ほど。
そして、ヴィパッサナーのグループ瞑想(60分ほど)を2回。
古い生徒がアクセスできるゴエンカ師によるガイド音源があるので、それを使ってやってみた。

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バディコールと大地に触れる瞑想

先日にあったNVC仲間とのバディコール(定期的に共感モードでお互いを聴き合う時間)。
一緒にお互いの内面を探究する質感がある。たまに深いセッション級の時間にもなる。

相手から「ちょっと共感が必要なんだけど」という趣旨のメッセージをもらって、翌朝にコールをセッティングしたのだけども、自分の中がザワザワしていてなんだか落ち着かない。
その中でこんなやり取りとアクションに落ち着いた。

ワタクシ「話を聴きたい気持ちもあるんだけど、自分の中が落ち着いていなくて、先に聴いてもらいたいような感じがあるなぁ。多分、エイヤって聴き始めればいける気もするんだけどさ。ふー、今そっちはどんな感じ?」

バディ(仲間)「そっか、うーむ、私も聴こうとすればやれる気もするけど、あんまりスペース(余裕)はない感じだな〜。どっちかっていうと、私も聴いて欲しい感じがあるなぁ。」

ここは本当にお互いの正直さをベースにやり取りをする。
取り繕ったり、義理や義務で動かない。無理しない。

で、どうしたものか?

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マインドフルネス・リトリートでの学びとインスピレーション

ティク・ナット・ハン師の書籍は10年ぐらい前からちょこちょこと読んでいた。ヴィパッサナー瞑想の経験もあるから語られていることの理解はそこそこしているつもりがある。
GWに富士山で開催されたプラムヴィレッジ・マインドフルネス・リトリートに参加することができた。

実際に僧侶の方々と直に接して話を聴いて、4泊を共に過ごして、学びの時間を共にする中で何かがジワジワと沁みてきている感じがある。

【日常の一瞬一瞬にマインドフルであること】
2つの気づきを書いてみる。

ひとつは、喜びや幸せにいつでもつながっていること。
それは、「お金や物があるから」「これを経験したから」といった条件付きではない質のもの。
ブラザー&シスター(僧侶と尼僧)たちは、ほぼ常時自然な笑顔だった。どっしりと今にいて、落ち着いていて、微笑みを絶やさない。

自分自身は自然に近いところで暮らしているので、日々の空気感や自然の変化に気付き、それを味わい歓びにつながることは「ほぼいつも」という感じがある。
最近は1歳児も一緒に暮らしているので、歓びには事欠かない。
けれども、それを表現するといったことにそこまで意識がない。微笑むというのも、実は苦手だったりする(特に家の中で)。
それが現状の自分だけども、どう在りたいかを意識して日々実践をしてみようと思う。
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自分の中で何が生じても歓迎する=非暴力

昨日はオンライン講座「自己共感というアート」の2回目。
NVCとマインドフルネスを軸にクラスを組み立てている。

今回のクラスは「ニーズにつながること」と「自己共感」の2本立てで学びを展開。少人数でやっていることもあり、質疑も含めてライブ感を個人的には楽しんでいる。

講座のために資料を読み返していて「これは伝えたい!」と思ったことのお裾分け。

NVCの基本的な考え方のひとつに「相手の言動は自分の感情のきっかけにはなっても、原因にはならない」というものがある。(関連記事「自分の内側で生じることのきっかけと原因」
自分自身の中で何かが反応を起こしている。その反応の奥にあるいのちのエネルギーとしてのニーズが言ってみれば原因。
そのニーズが満たされていると心地よい感情が出てきて、満たされていないと不快な感情が出てくる。
なので、感情を手掛かりにしながら、自分の内側で何を切望しているのか、願っているのかにつながっていく。ざっくり言うとそれが自己共感。自分自身の内的体験に寄り添うこと。

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NVCの自己共感と瞑想の重なるところ

この間、自分はヴィパッサナー瞑想(ゴエンカ式)を軸にしていたのだけども、少し他の瞑想も学んでみようとしている。
それは、人にマインドフルネスを伝える際にどういったアプローチが分かりやすく、楽しく、実用的かを探究したいから。

そんな流れで、ここ数日マインドフルネス関連の音源を聴いたりティク・ナット・ハンの本を読んでいるのだが、なかなか面白い&興味深い。

ティク・ナット・ハン『ブッダの<気づき>の瞑想』という本を読み進めている。
ヴィパッサナー経由の理解&経験と合わせていくことで、なんだか理解がぐっと深まる印象がある。本の中で紹介されている経典をベースにした7日間の瞑想コースもあって、それにも参加したことがある。コースでは経典を瞑想体験を通して腑に落とすとても密度のあるものだった。


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脱お酒のプロセス

お酒を飲まなくなって、どのぐらいだろうか?
ちゃんと数えてみると、2年9ヶ月。ここまでくると、もう戻る感じがしない。
今はお酒の存在すら意識にのぼってこないし、全くもって関心がない。
我慢して飲まないというのではなく、全然飲みたいと思わない。

こう書くと、「えっ本当に?」という声が聴こえてきそう。
僕のある時のイメージは「ビール仙人」だった。ビールをこよなく愛する山奥に住んでる仙人みたいな。

よく飲んでいた時期は、エ◯スビールを大瓶でケース買いして、冷蔵庫のない家の中にストックしていた。「常温が意外とうまいんだよ」「やっぱりオールモルトの瓶ビールがいいよね」なんて言いながら。
真夏の草刈りの後に昼間っからビールを飲んで、昼寝。畑や田んぼ仕事をして、身体を動かして、家に帰ってきてビールをシュポッ♪ みたいな暮らし。ワークショップ仕事などから帰ったら、どこかでビールを調達して1人乾杯。
休肝日の方が珍しくて、量はほどほどだけど、ほぼ毎日のように飲んでいた時期が長い。

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自己共感というアート/技 ーNVC×マインドフルネスー(オンライン講座)

ものすごく頭にくることがある時
思い描いていたことと違った結果がやってきてがっかりする時
「あ〜やっちまった」と惨めな気持ちになる時

自分の内側で感情が動いたり、相手や自分を責めるといった反応が出てきた時に、みなさんはどう対処しますか?

飲みに行ったり、買い物したりで気晴らし。
愚痴る。
なんとか感情に蓋をして、時と共におさまるのを待つ。
好ましくない方法で感情を表現してしまう。
などなど。

NVC(非暴力コミュニケーション)の智慧のひとつに「相手の言動は自分の感情のキッカケとはなっても、原因にはならない」というものがあります。
イライラも悲しみも責めたい気持ちも全て自分の中で起きていることであって、自分の中で何かが反応しているのです。そして、その奥には何かを切に願っているいのちのエネルギーがあります。
「自分の中で何が生じようが、それを受け止められる自分」であること。

自分の中で起きていることだと気付き、自分の内側にジャッジなしに優しく触れていく。
呼吸や身体の感覚を頼りに、自分のいのちのエネルギーが何を求めているかに繋がり、それを味わう。時には自分の内側に深く潜る。
それは「自己共感」というアート/技。

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【オンライン】「意図つむぎ 2019年春分からの方向性つくり」

2019年も春に向けて季節の変わり目。
3月21日は春分の日。春分は一年を一日にたとえた時の「日の出」に当たるそうです。
この時期は家族の卒業や進学、異動など含めて人生の変わり目でもありますね。
変化の中で少し立ち止まり、じっくりと自分の内側につながり「意図をつむぐ」時間を持ちませんか。
年始めに開催して好評だった「意図つむぎ」を春分バージョンで開催します。

NVC(非暴力コミュニケーション)とマインドフルネスの手法を用いて
1年をじっくり丁寧に振り返り、
今この瞬間に自分の中にどんなことがイキイキしているかにつながり、
今ここからの生き方&在り方を明確にしてみませんか。

流されるのではなく、流れを意図的につむぐ生き方へ。

(NVCとマインドフルネスの予備知識は必要ありません。)
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オンラインで「意図つむぎ」をやってみた

思い立ってから企画初日まで4日ぐらいという中で「意図つむぎ」というオンラインワークショップを実施。
普段は余裕や丁寧さを大切にしたいから、ドタバタと企画はしたくない感じがある。けれども今回は年始に合わせて「意図」を明確にするというタイミングの方を取った形。
参加希望の方々とやり取りしながら、当初予定していた時間帯が全て変更になった。結果としてそれぞれの回に2名が参加してくれ、こじんまりとじっくりと意図をつむぐ場になった。

プログラム自体はNVCを知る前に組み立てたものなんだけども、全体を見直しながら、今回はNVCとマインドフルネスのエッセンスを入れて進行した。
自分につながる、ニーズにつながる部分で思考ではなく身体感覚に集中してもらったり。

「目的」とかってどうしても「やること to do」がメインになりがち。そこに意識を合わせるよりも、そもそも「何を大切にしたいのか?」というニーズ(いのちのエネルギー)にチューニングを合わせていく。


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