月3万円暮らしから家族形成へ ライフヒストリー

【月3万円暮らし】
農村に移住して8年ぐらいで、自分なりの半農半スロービジネスのライフスタイルがほぼ確立した。
暮らしの部分は「月3万円もあれば生きていける」という体制。
米の自給は100%以上。
野菜は無肥料・不耕起で育った分だけいただく程度の畑。それでも、そんなに買う必要性がない。周囲からもらえる分もあるし、野草を食べることも。
基本は玄米と味噌や醤油麹、漬物と汁物があればそれでOKという食生活だった。
食費は月4000円ぐらいだったと思う。

ライフラインが低コスト。
冷蔵庫を置いていなかったこともあり、電気代は月600円程度。
炭や薪を多用するので、ガス代は1000円いかないぐらい(小型のプロパンを活用=基本料はかからない)。薪は地元の製材所から端材をもらってきたり、山から引っ張り出してきたり。


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独立自営と半農半スロービジネス確立 ライフヒストリー

beart つながりぢから探究ラボ
代表:神山 彰(JIN Akila) ライフヒストリー3 (その1)(その2

【311の衝撃と生き方】
2011年3月11日 カフェで仕事をしていたら、出勤してきたスタッフが「関東でも大きな地震があったみたいですけど、実家は大丈夫ですか?」と言ってくれた。
家にはTVもないので、何も分からずネットで調べると、大地震。電話をしてみてもつながらない
そうこうしているうちに、原発が爆発したとのニュース。

当時勤めていたWF(ウインドファーム)の代表中村隆市さんはチェルノブイリ事故後の現地のサポートや原発の無い社会への働きかけを長年してきている人だった。
それもあって、原発関連の様々な情報が入ってきた。事態の深刻さ、放射線による汚染の危険性、読めない今後の状態(社会も経済も会社も)。
「明日は風向きによって、九州にも放射線が飛散してくる」という予測が出たり。

春先なので種蒔きの時期でもあったけども、「これを撒いても結局汚染されるんじゃ無いか?」という途方に暮れる感じがあった。
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農村営業から半農半スロービジネスの模索 仕事と暮らし ライフヒストリー

beart つながりぢから探究ラボ
代表:神山 彰(JIN Akila) ライフヒストリー2 (その1はコチラ

【日本行脚の農村営業から赤村移住まで】
農文協は食と農にめっぽう強い出版社。新人は地方営業を担当する。全国各地を動き回りながら、農家に直接書籍の営業をしていく。『現代農業』という月刊誌の定期購読や食育関連の絵本などを紹介して回る。
2年弱で北は秋田から南は鹿児島までたくさんの農山村や町、時には都市を原付バイクで営業して回る経験をした。仕事中はほぼ屋外で四季や天候の変化を肌で感じる時間だった。
大体は3〜5人ぐらいのチームで動いていて、基本的に地域の宿暮らし。月一回は研修があるので東京へ戻るライフスタイル。


京都綾部市さとやまネット(半農半Xの塩見さんが運営している場を休日に訪問)
たまたまアースオーブンの補修をやっていて、お手伝いして、食事もご一緒した。

給料をもらいながらフィールドワークをしているようなもので、いろいろなところに行けるし(観光では絶対に行かない山奥の集落とか)、農家のリアルな現場で話もできるし、食と農に関する情報資源は豊富にあるし、けっこう面白い仕事だった。
ざっと5,000戸ぐらいの農家に出会っているし、200以上の自治体を回らせてもらった。
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誕生から就職まで ライフヒストリー

自分では自分のことやその歴史を知っているつもり。けど、他者から見たら全くの未知。
ワークショップや講座などの仕事をしていく上で、自分がどんな人間なのかの一端を知っていただけたらと思い、ライフヒストリーを書いてみることに。

beart つながりぢから探究ラボ
代表:神山 彰(JIN Akila) ライフヒストリー

【誕生から就職まで】
1977年、母の里である北海道釧路市で誕生。男3兄弟の次男。後藤 彰(2017年に結婚して神山 彰に。養子ではない)。東京・稲城市で育つ。

幼稚園は今で言うオルタナティブな自主保育なのだろう、ヤギ、七面鳥、チャボ、うさぎ、インコなどがワラワラいる環境で過ごした。動物の世話をしたり、田んぼで泥だらけになったり。

小中高は「和光学園」に通う。自由な校風で特に校則もなく、私服でのびのびと学校生活を送っていた。学校が嫌いとか行きたくないと思った記憶はない。
先生方もユニークで気さくな人が多かった印象。
小学校6年生の時に沖縄に平和学習旅行に行き、戦争跡を見たり語り部の話を聴いたり。中学3年の時には秋田に田んぼ体験(稲刈り)+αの合宿に行ったり。高校では受験も無関係に好きなサッカーに明け暮れたり。
学校を通して色々な経験をさせてもらった。 続きを読む