「聞く」「分かる」「やる」の3点セット

先日、「言う」「伝わる」「やる」という3点セットについて表現してみた。
これを別の角度からみてみたい。
今回は「聞く」「分かる」「やる」という3点セット。

ここ最近、身近な人とのやり取りの中で気付いていること。
「聞いたことに「反応で返す」」というパタンが自分の中にガッチリと入り込んでいる。

例えば、「あ〜お寿司食べたいなぁ」というフレーズを聞く。
瞬時に「また「あれ食べたいシリーズ」かよ」「おいおい、いくらかかると思ってんだ」といった反応が出てくる。刺激から即座に反応へ。

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NVC的なアプローチだと「相手の感情とニーズに意識を向ける」というモードが機能していない状態。
サイエンズ的なアプローチだと「人を聴く」というモードになっていない状態。
習慣的な反応にどっぷりはまっている。
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なぜか3点セット「言う」「伝わる」「やる」

ちょっと前に参加したサイエンズの検討合宿での気づき
私たちの認識構造(捉え方)に潜んでいる「言う」「伝わる」「やる」の3点セットがあるということ。

例えば、暮らしの中でこんなことが起きる。
パートナーに「明日は雨だから、今日洗濯しちゃったら」と「言う」。
相手は「あっ、そっか」と応える。

その瞬間に自分劇場の中では「相手は洗濯をする」となってしまう。決まってしまう。
「言う」「伝わる」「やる」がワンセットになっている。

そうなると、「いつやるんだ」「まだやっていない」といった感覚が出てくる。
「ねぇ、洗濯したら?」とまた伝える。
そこから劇場はさらに展開して「何度も言っているのに」「なんで分かんないんだ」「早くしろよ」みたいに加速してくる。
あるいは、「自分の言い方が悪いのかな?どうやったら伝わるんだろう」といったアプローチを取ろうとする。
なぜか「やる」が大前提になっている。この場合は「洗濯をする」。

この時に何が起きているのか?どういったカラクリがあるのか?
サイエンズでは、それを「見ていく」「調べていく」ことをする。

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「責める」か「嘆く」か

「責める」というのはどんな感じか?
以前、サイエンズ探究会で話をしていた時に出てきたこと。
*何か自分の中にあるモヤモヤした感じ、鬱積しているものを相手にぶつける感じがある。
*根っこには分かって欲しい、というのがあるけれども、どこかで「分からせてやる」みたいなモードに切り替わってしまう。
*自分の側に余裕がないと、特に責めるモードになりやすいかな。
*「責め」たとしても、事態はだいたい改善はしない。なのに、なぜか責める。。。
*自分の中の不満や精神的苦痛を相手にも味あわせてやる、みたいなモード。

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責めるモードの時にその土台に「自分が正しい&相手が間違っている」という枠組みにどっぷり浸かっていることが多い。この場合の正しさと間違いは、道徳的判断や価値判断がベースにある。
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サイエンズ的検討会 ルールと世間

サイエンズ的検討会という取り組みを糸島(福岡)にて開催している。

3月は「ルール/規則とは?」、4月は「世間/人の目とは?」というテーマで話し合いをした。10時から15時まで。大の大人が集まって、うーむと唸りながら笑いあり、涙あり、気づきありの豊かな時間。

「ルール」について面白かったのは「いつから、どうやってルールになるのか」という視点。ちょうど、2歳ぐらいの子どもがスケッチブックを踏んづけていた。「ああ、だめだめ、め~っよ」と言いつつ「なんでだめなんだろう?」と疑問がわいてくる。「生まれて始めて経験するルールってどんなんだろうね?」なんて疑問も。

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「これはこういうものだ」「常識だ」みたいな観念が頭の中にあるけれども、「なんで?」って素朴に問うと、意外と「なんでか」は答えられない場合が多い。
「ルールだから守る」というのも、「なんで?」と問うていくと、かなり脆弱だと思えたりする。
「そうなっているから」「それがここでのルールだから」という感じで進む物事があるけれども、実はそこに居る人たちのほとんどが、それを望んでいない場合もあったり。「もう、面倒だなぁ。こんなことは止めにしたら良いのに」と多くの人が思っているのに、検討することが欠けているからか、物事はこれまでのパタンで進んでいく。
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「自由な」働く場@アズワン鈴鹿

最近、注目を集めているアズワンコミュニティ鈴鹿
そこで展開されている「おふくろさん弁当」

紹介動画が二つあります。そんなに長くないので、見てみてください。

NHKで紹介されたもの。職場の雰囲気がよく伝わって来ます。
5分半ほどです。
https://www.youtube.com/watch?v=kA06tn-PzVs

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「友達とお花見に行きたいから早退したい=誰か他の人手伝ってもらえるかな」という想いが受け止められて、実際に代わりに仕事をしてくれる人がいる。
さて、みなさんの職場では、上記の発言が出たらどうなるでしょうか?
あなたの中にはどんな反応が出てきますか?
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自分の内側で生じることのきっかけと原因

「相手の言動は自分の感情のきっかけとなっても、原因にはならない」という理解がNVC・非暴力コミュニケーションのベースになっている。
これは、とても大切なポイントだ。サイエンズ的な視点も含めて、この点について自分の理解をシェアしたい。

よく聞くフレーズに「あの人の言い方で傷つけられた」「本当に人をイライラさせる態度だ」「否定された」などなどがある。
自分の感情の原因は外にあるという発想だ。

サイエンズ的に見てみると、「される/られる」ということ。これって、実際はどうなっているのか?

一品持ち寄りの食事会にチャーハンを持って行ったとしよう。
「このチャーハンちょっとベチャベチャしてるね」という一言を聞いた時、「否定された」という反応が生じないだろうか?

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思考・パタンとコアニーズあるいは本心

僕が今住んでいる土地に春が来る。
大地からたくさんの命が顔を見せ始める。自然の拡がっていくようなエネルギーを感じる。
ここ11年、春が来ると「そろそろ田んぼのシーズンだな」というパタンがあった。
自分の食べる分の米は自分が関わって育てる/育ってもらう。
それを「よし」として、自分の価値にしてきた。
NVC的に言うとニーズとしては、「自立」や「自分で責任を取ること」といったところか。

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コミュニティって何だ?

ここ最近、スカイプや実際に顔を合わせて「サイエンズ的検討」というものをやってみている。
先日は「コミュニティ」について検討してみた。
「そもそもコミュニティって何だ?」ということをゼロベースで調べていく。
一人ひとりが、どのようにコミュニティを捉えているか?

自分の中のイメージとしては以下のような感じだ。
その人がその人の本質を生きること。イキイキしていて、その人の本来持つ能力やセンスを存分に発揮している状態。お互いがそう成れるための人と人とのつながり。それがコミュニティかな。

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サイエンズ的検討会のコーディネート

今、注目を集めている「アズワンネットワーク鈴鹿コミュニティ
ここの「目的は、争いのない幸せな世界の実現です。怒りも争いもなく、罪も罰もない、どの人ものびのびと楽しく暮らせる社会を現実に創ろうと試みているのです」(パンフより)。

どんなところなのか関心がある、行ってみたい、どうしたらそんなコミュニティができるのか?どんなことをやっているのか関心がある。
そんな声がアチコチから聴こえてくる感じがしています。

自分は1年半ほどかけてセミナーから社会を知るためのコースまで一通りの研修プログラムを修了。
アズワンについて、サイエンズについて、ある程度の経験が得られたかなと感じています。サイエンズについて僕なりの理解はコチラのリンクへ。
並行して、身近な仲間たちとサイエンズ的な検討会や研究会を継続して実施し、理解を深めようとしています。同時に非暴力コミュニケーション (NVC)の学びも深めており、少し違った視点やアプローチも自分の中に共存しています。

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