キメツケの威力と実際の世界

先日、小型の冷蔵庫を某量販店の電気屋さんに回収依頼で持ち込んだ。
「倉庫までご自身で運んでいただくので、お二人とかできてください」と言われる。

この件には2年ほど前の出来事が絡んでいる。
引越ししてきた家に置いてあった不要な冷蔵庫と冷凍ストッカー
場所を取ることもあり、廃棄したくて今回と同じ電気屋さんに持ち込んだ。
その時も「運ぶのは手伝えませんから」と言われていた。

2年前は借りた2トントラックに2台の冷蔵庫を積んで持っていく。
妻と2歳ぐらいの娘も一緒。
お店の人が見るに見かねたのか、手袋をはめながら出てきてトラックから下ろして運ぶのを2人がかりで手伝ってくれた。
自分の力技でやれると思っていたけど、正直助かった。

そして、レジへ。
デカイ冷蔵庫とストッカーだったこともあり、1万8千円ぐらいかかったと記憶している。
レシートを見ると「運搬料」という項目があり、1台2000円ぐらいかかっている。

さて、その場にある情報を統合して、脳は「キメツケ」た。


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対話で「話し合い」を探究してみた

数日前に隣町の役場スタッフの有志メンバーと「お互いを尊重するコミュニケーションってどんな質?〜そもそも探究会〜」という場を持つことができた。

1ヶ月ぐらい前に「NVC的なことを学ぶ場を持てないか」という趣旨のオファーをいただき、やり取りをしてきた。
その中で見えてきたのは「NVCやマインドフルネスと言われても、何のことだか分からない」ということ。そりゃそうだ〜。
そして「仕事をしていく中で、コミュニケーションや会議のあり方にモヤモヤする部分もある」ということ。

そこで「対話をしながら、そもそも話し合いとかお互いを尊重するコミュニケーションってどんなことなのかを探究する場」を提案してみた。

以下は企画書に書いたテキスト。

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「ストレスや悩みの大半は人間関係とコミュニケーションに起因する」というフレーズがあります。
例えば、「住民のためにと思って働いているのに、クレームがきてガッカリ」
「上司(部下)とのやり取りに、いつも緊張感があって自然体ではいられず窮屈」
「『これ意味あるのかなぁ』という業務内容であっても、なかなかそのこと自体を話し合う雰囲気にならず、無力感を感じる」などなど。

ココが「お互いにとって心地よいもの」であったら、どんな日々が拡がっていくでしょうか?

「否定やダメ出しのない安心できる対話の場」を設けることで、「コミュニケーション」や「話し合い」ということをググっと掘り下げてみませんか? 続きを読む

研究/探究が進む

ちょっと前のこと
サイエンズスクールの事務局の方から久々に連絡があった。
3年ぐらい前に「自分を知るためのコース」でご一緒したOさん。

メッセージでのやり取りを少ししたことがあったのだけども、「久々にちょっとお話ししませんか?」とお誘いいただいた。
当日、zoomでつなぐと、Tさんも一緒だった。

「最近どうよ〜。Facebookも見ているけど、いろいろなことをやってるねぇ」と近況を尋ねてくれる。

僕は今、サイエンズメソッドに関しては「サイエンズ研究会」の会員になって、会員限定でアクセスできる音源を聴いている。


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脱お酒のプロセス

お酒を飲まなくなって、どのぐらいだろうか?
ちゃんと数えてみると、2年9ヶ月。ここまでくると、もう戻る感じがしない。
今はお酒の存在すら意識にのぼってこないし、全くもって関心がない。
我慢して飲まないというのではなく、全然飲みたいと思わない。

こう書くと、「えっ本当に?」という声が聴こえてきそう。
僕のある時のイメージは「ビール仙人」だった。ビールをこよなく愛する山奥に住んでる仙人みたいな。

よく飲んでいた時期は、エ◯スビールを大瓶でケース買いして、冷蔵庫のない家の中にストックしていた。「常温が意外とうまいんだよ」「やっぱりオールモルトの瓶ビールがいいよね」なんて言いながら。
真夏の草刈りの後に昼間っからビールを飲んで、昼寝。畑や田んぼ仕事をして、身体を動かして、家に帰ってきてビールをシュポッ♪ みたいな暮らし。ワークショップ仕事などから帰ったら、どこかでビールを調達して1人乾杯。
休肝日の方が珍しくて、量はほどほどだけど、ほぼ毎日のように飲んでいた時期が長い。

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ギフトで溢れた世界

今、「自分を共感で包み込む100人ギフトセッション」という企画を展開している。
今回は「ギフト」について書いてみたい。

ギフトというのは「贈り物」ということ。
分りやすいのは、自然界はギフトで成り立っているということ。
例えば、今この時にもみんなが吸っている空気。これは、植物が二酸化炭素を酸素に換えてくれることで受け取っているギフトだと捉えられる。
ここ2年間は休んでいるが、田んぼをやっていた時にもたくさんのギフトを得ていた。
米は一粒の種籾を蒔くと、それが苗に育ち、そこから2000粒もの米に育つ。

庭の柚子や柿の樹はたわわに実りをもたらす。
我が家は自然の豊かな中にあって、今時期その辺を歩けば、栗、むかご、あけび、ミョウガ、銀杏などなど自生していたり、誰かが植えたりしたものを恵みとして受け取る(拾う)ことができる。
そこに、お金は介在していない。

では、自然に近いところに住んでいなければギフトを受け取ることはナカナカ難しいのか?
より深く観ていくと、実はそうでもない気がしてくる。

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「言われた」って、どういうこと?

「聴く」という現象の中に面白いテーマがある。それは「言われた」というもの。
この辺を、サイエンズとNVCを融合しながら書いてみる。

ちょっと前にとある田舎地域のお祭りに参加した際に、地元に住む年配の人と話をしていて、こんな会話があった。ちなみに、その方はお酒がちょっと入っているのか、上機嫌に見えた。

「ところで、あんたいくつね?」
「今年40になります」
「へ〜、そうかい。若いねぇ〜。って言うか、そんなカッコして若作り!はっはっは〜」

こちらも思わず苦笑いというか、笑ってしまったのだが、瞬時に自分の中で起きていたことがあった。
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「聞く」「分かる」「やる」の3点セット

先日、「言う」「伝わる」「やる」という3点セットについて表現してみた。
これを別の角度からみてみたい。
今回は「聞く」「分かる」「やる」という3点セット。

ここ最近、身近な人とのやり取りの中で気付いていること。
「聞いたことに「反応で返す」」というパタンが自分の中にガッチリと入り込んでいる。

例えば、「あ〜お寿司食べたいなぁ」というフレーズを聞く。
瞬時に「また「あれ食べたいシリーズ」かよ」「おいおい、いくらかかると思ってんだ」といった反応が出てくる。刺激から即座に反応へ。

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NVC的なアプローチだと「相手の感情とニーズに意識を向ける」というモードが機能していない状態。
サイエンズ的なアプローチだと「人を聴く」というモードになっていない状態。
習慣的な反応にどっぷりはまっている。
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なぜか3点セット「言う」「伝わる」「やる」

ちょっと前に参加したサイエンズの検討合宿での気づき
私たちの認識構造(捉え方)に潜んでいる「言う」「伝わる」「やる」の3点セットがあるということ。

例えば、暮らしの中でこんなことが起きる。
パートナーに「明日は雨だから、今日洗濯しちゃったら」と「言う」。
相手は「あっ、そっか」と応える。

その瞬間に自分劇場の中では「相手は洗濯をする」となってしまう。決まってしまう。
「言う」「伝わる」「やる」がワンセットになっている。

そうなると、「いつやるんだ」「まだやっていない」といった感覚が出てくる。
「ねぇ、洗濯したら?」とまた伝える。
そこから劇場はさらに展開して「何度も言っているのに」「なんで分かんないんだ」「早くしろよ」みたいに加速してくる。
あるいは、「自分の言い方が悪いのかな?どうやったら伝わるんだろう」といったアプローチを取ろうとする。
なぜか「やる」が大前提になっている。この場合は「洗濯をする」。

この時に何が起きているのか?どういったカラクリがあるのか?
サイエンズでは、それを「見ていく」「調べていく」ことをする。

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「責める」か「嘆く」か

「責める」というのはどんな感じか?
以前、サイエンズ探究会で話をしていた時に出てきたこと。
*何か自分の中にあるモヤモヤした感じ、鬱積しているものを相手にぶつける感じがある。
*根っこには分かって欲しい、というのがあるけれども、どこかで「分からせてやる」みたいなモードに切り替わってしまう。
*自分の側に余裕がないと、特に責めるモードになりやすいかな。
*「責め」たとしても、事態はだいたい改善はしない。なのに、なぜか責める。。。
*自分の中の不満や精神的苦痛を相手にも味あわせてやる、みたいなモード。

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責めるモードの時にその土台に「自分が正しい&相手が間違っている」という枠組みにどっぷり浸かっていることが多い。この場合の正しさと間違いは、道徳的判断や価値判断がベースにある。
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