自分の内側で生じることのきっかけと原因

「相手の言動は自分の感情のきっかけとなっても、原因にはならない」という理解がNVC・非暴力コミュニケーションのベースになっている。
これは、とても大切なポイントだ。サイエンズ的な視点も含めて、この点について自分の理解をシェアしたい。

よく聞くフレーズに「あの人の言い方で傷つけられた」「本当に人をイライラさせる態度だ」「否定された」などなどがある。
自分の感情の原因は外にあるという発想だ。

サイエンズ的に見てみると、「される/られる」ということ。これって、実際はどうなっているのか?

一品持ち寄りの食事会にチャーハンを持って行ったとしよう。
「このチャーハンちょっとベチャベチャしてるね」という一言を聞いた時、「否定された」という反応が生じないだろうか?

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思考・パタンとコアニーズあるいは本心

僕が今住んでいる土地に春が来る。
大地からたくさんの命が顔を見せ始める。自然の拡がっていくようなエネルギーを感じる。
ここ11年、春が来ると「そろそろ田んぼのシーズンだな」というパタンがあった。
自分の食べる分の米は自分が関わって育てる/育ってもらう。
それを「よし」として、自分の価値にしてきた。
NVC的に言うとニーズとしては、「自立」や「自分で責任を取ること」といったところか。

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コミュニティって何だ?

ここ最近、スカイプや実際に顔を合わせて「サイエンズ的検討」というものをやってみている。
先日は「コミュニティ」について検討してみた。
「そもそもコミュニティって何だ?」ということをゼロベースで調べていく。
一人ひとりが、どのようにコミュニティを捉えているか?

自分の中のイメージとしては以下のような感じだ。
その人がその人の本質を生きること。イキイキしていて、その人の本来持つ能力やセンスを存分に発揮している状態。お互いがそう成れるための人と人とのつながり。それがコミュニティかな。

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サイエンズ的検討会のコーディネート

今、注目を集めている「アズワンネットワーク鈴鹿コミュニティ
ここの「目的は、争いのない幸せな世界の実現です。怒りも争いもなく、罪も罰もない、どの人ものびのびと楽しく暮らせる社会を現実に創ろうと試みているのです」(パンフより)。

どんなところなのか関心がある、行ってみたい、どうしたらそんなコミュニティができるのか?どんなことをやっているのか関心がある。
そんな声がアチコチから聴こえてくる感じがしています。

自分は1年半ほどかけてセミナーから社会を知るためのコースまで一通りの研修プログラムを修了。
アズワンについて、サイエンズについて、ある程度の経験が得られたかなと感じています。サイエンズについて僕なりの理解はコチラのリンクへ。
並行して、身近な仲間たちとサイエンズ的な検討会や研究会を継続して実施し、理解を深めようとしています。同時に非暴力コミュニケーション (NVC)の学びも深めており、少し違った視点やアプローチも自分の中に共存しています。

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人間の考えと実際 社会を知る その2

鈴鹿にてコースに参加中のこと。朝、散歩をしていると、使われていないマンションがあった。会社の寮として使っていたようだ。
かなりの部屋数だが使われている様子がない。
他方で住む場所がなく寒さに震えている人がいる。

食料も世界には溢れているのに、飢える人や不足感を持っている人がいる。

中古車屋さんにはたくさんの車が使われずに置いてある。
車を使いたい人はいっぱいいる。

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一方で何かを必要としている人がいて、他方でそれを提供できる人や環境、資源がある。
けれども、そこにある所有や権利という「考え」が自由な活用を妨げている。

コント/ギャグ/パロディとしての社会そしてワタシたち。
権利、義務、所有、契約、責任などなど。考えが人を縛っていく。
これぞ、自縄自縛。
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「社会」って、そもそも何だ? 社会を知る その1

先日、サイエンズスクールの「社会を知るためのコース」に参加してきた。
少し考えたこと、感じたことをシェアしてみよう。

そもそも、社会とは?
中学時代からだろうか、「社会」は反発の対象だった。社会は自分を縛ってくるもの、制限してくるものという捉え方をしていた。
大学時代にはそれこそ「社会学」も学んだのだが、その中で「社会は共に生きるための領域である」という見方を得た。なるほど、そう捉えると、社会のイメージが柔らかくなる。
そして、「より良い社会を主体的かつ意識的につくっていく存在を市民という」といった見方も知った。その路線で「市民社会」という考え方もけっこう学んだ。
一方で「就職活動」は社会からのプレッシャーだった。自分が社会の求める鋳型にはめられていく感覚。それが嫌で早々に就活はやめてしまった。

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で、今回サイエンズの枠組みで社会にアプローチしていった。「前提」を取り払っていく、ゼロにしていくことで、より本質的に「社会とは?」ということを深めていけたと思う。

コースに出た後に自分の中にある「社会観」はこんな感じだ。
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人生の目的と手段

以下は、アズワンネットワーク鈴鹿コミュニティにある「サイエンズスクール」の「人生を知るためのコース」に参加した際のレポート。一部を加筆修正して公開してみる。

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これまでの10年は農村に居をかまえて自給的な暮らしを営んできた。米と野菜を自給し(自然からもらう)薪をフル活用し(暖房、風呂、調理など)、なるべく手作りをすることで支出を抑えた暮らし。ここ数年は個人事業主となり、半農半スロービジネスというライフスタイルを自分なりに確立してきた。お話会やワークショップ、コーチング、イベントでのコーヒー販売などを組み合わせた小さなナリワイと暮らし。

で、コースにて問われる。
「私の人生は何をやろうとしている人生なのか」と。
人生の目的は?と。

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内観という手法に触れて

「内観」という言葉を聞いたのは、確か初めてヴィパッサナー瞑想に参加した帰りだった。大雪で全然進まないバスの中で、他の参加者が「内観もなかなか良いですよ」って話をしていた記憶がある。

ヴィパッサナーは徹底的に身体の感覚と呼吸に意識を向けて観察する瞑想法。
潜在意識下の浄化をズドンとやってのけるイメージだ。

なので、あまり意識上のことには関心がなかった。「過去は存在しない。あるのは今だけ。記憶は脳が都合良く編集したもの。」そんな捉え方が自分の中にあった。

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この1年ちょっと鈴鹿市にあるアズワンにて「サイエンズ」という手法を継続的に学ばせてもらっている。そのコースの一つに「内観」がある。
「まぁ、順番なので」というぐらいの気持ちで6泊7日のプログラムに参加してきた。
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何でも言える話し合い(サイエンズ)

サイエンズという手法について
自分劇場であることの自覚それを調べるということについて書いてきた。

今回は、自覚や調べるができると何が良いのか?について、感じたことを書いてみたい。
サイエンズを学んでいて、「なるほど~」と思ったのは、これがあると「話し合い」ができるということだった。もちろん、それ以外にもいろいろな側面があるけれども、僕の中では大切なポイントの理解として共有しておきたい。

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「話し合い」なら普段しているよね。
では、その話し合いに以下の要素があるだろうか、ないだろうか?

*「何でも言える安心感」
*「責める/責められる」「批判する/批判される」
*「相手を聴くこと」
*「気づき/洞察」
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