パーツワーク(IFS)+共感 (NVC) 「わたし」の声を聴く3回セッション

こころの中では「もっと優しくなりたい」「もっと相手を思いやりたい」「もっと前向きでありたい」と思っていても、日常の中で出てくる反応はゼンゼン質が違う。
自分や相手を責めたり、怒りが出てきたり、投げやりになったり。そして、「はぁ」というため息と共に落ち込んだり、あきらめかけたり。
もっと意識的な努力をしたり、何かを克服することで、この状況の根っこは変化しないかも知れません。
必要なのは「反応しているわたしの部分」の声とそこにある痛みを丁寧に聴き共感すること。それがあると、自分の内側で何かがシフトし、癒しや変容が生じ得ます。

パーツワーク (IFS)と共感 (NVC)の智慧を使って、「わたし」の声を聴く。
3回セットセッションをモニター的に実施します。

【費用】10,000円〜36,000円(スライディングスケール/3回のセッションを受けてみた感じから気持ち良く支払える金額をお願いいたします。)

【時間】1セッション50分〜 ×3回 (基本は50分間ですが、セッションの流れによっては延長します。延長は最大90分ほどを想定しています。)
セッションとセッションの間は相談しつつ1週間から1ヶ月ほど開けます。

【場所】オンライン (zoom やメッセンジャーなどの通話アプリを使います)。対面希望の方はご相談ください。

【3回セッションに含まれるもの】
3回の個人セッション。
セッション記録のフィードバック。
セッション間のメールでの質問への返答。
パーツワークやNVCに関する基本的な資料の共有(事前に読んでいただいた上で、セッションに入っていただけたらと思います)。
3回セッションが終わった段階でアンケートへの返信にご協力ください。

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IFS パーツワークと自己共感

IFS (Internal Family System) というセラピーの手法からいろいろなことを学んでいる。
以前からチラホラと情報は入ってきていた。2017年に参加していたLeardership Program の中でも一回クラスで取り上げられていた。
その時は、気になりつつもあまりピンと来ていなかった。
感覚的には「なんか表面的なマインド(思考)の世界でアレコレやってるだけじゃないの?」というぐらいの印象だった。

数ヶ月前に、なんとなく見たIFSの創設者リチャード・シュワルツ氏の動画がシンプルだけどもパワフルだった。

7分程度のワークがあって、その中で自分の中のパーツの声をガイド付きで聴いていくのだけども、「おお!なんだこれ?何かがシフトしたぞ」という感じがあった(プロセスの内容は忘れたけど)。
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バディコールと大地に触れる瞑想

先日にあったNVC仲間とのバディコール(定期的に共感モードでお互いを聴き合う時間)。
一緒にお互いの内面を探究する質感がある。たまに深いセッション級の時間にもなる。

相手から「ちょっと共感が必要なんだけど」という趣旨のメッセージをもらって、翌朝にコールをセッティングしたのだけども、自分の中がザワザワしていてなんだか落ち着かない。
その中でこんなやり取りとアクションに落ち着いた。

ワタクシ「話を聴きたい気持ちもあるんだけど、自分の中が落ち着いていなくて、先に聴いてもらいたいような感じがあるなぁ。多分、エイヤって聴き始めればいける気もするんだけどさ。ふー、今そっちはどんな感じ?」

バディ(仲間)「そっか、うーむ、私も聴こうとすればやれる気もするけど、あんまりスペース(余裕)はない感じだな〜。どっちかっていうと、私も聴いて欲しい感じがあるなぁ。」

ここは本当にお互いの正直さをベースにやり取りをする。
取り繕ったり、義理や義務で動かない。無理しない。

で、どうしたものか?

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dyads瞑想

Dyads瞑想という手法がある。
今やっている自己共感のオンラインクラスで前回やったのだけども、とっても奥が深くて面白い。
ペアで5分ずつ、計40分、自分の内側を探究していくプロセス・瞑想。
自分の内側に深くつながれる。
NVCで言う devine energy(いのちの神聖なエネルギー)、IFS (Internal Family System)で言われているSelf energy につながることと自分の中で重なる。

頭で考えるという感じでもなく、自分の中に生じてくることを何であれ受け容れ、味わうプロセス。

数日前に dyads inquiry project に参加してみた。欧州時間の朝7時=日本の午後2時からオンラインでdyadsを毎日やっている。
英語でどんだけやれるかな、という懸念もあったのだけども、それも含めて生じてくることを味わってみることにした。

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嘆きをコミュニティで受けとめる

前回書いた共生革命リトリートの中でのひとつのテーマは「痛み/嘆き」だったと思う。
人は誰しも生きる過程でさまざまな「痛み」を抱える。それはその人にとっていろいろな意味合いを持つ経験だ。

リトリートではジョアンナ・メイシーが体系化した「真実のマンダラ」という儀式的なワークを執り行った。個人的には3回目の参加だったが、今回を含めどの場でも「自分自身が嘆きを表現する」ということはあまりピンとこない。
その場にいて、何か浮かび上がってくるものもあるのだが、それを思考でやっている感じもあり、表現しようというところまでいかなかった。それはそれでマインドが自己規制しているのかなぁ、と自分を見つつ。

今回の収穫としては、参加者の多様な嘆きを聴きながら、それが「私たちの嘆きである」という感覚が明確にあったこと。

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共生革命リトリート

NVC(非暴力コミュニケーション)関連の仲間たちが企画してくれた「共生革命リトリート@パーマカルチャーと平和道場」というものに参加してきた。

企画自体は知っていたし、気になってもいたけど、今回が初参加(リトリート自体は6回目ぐらいだったと思う)。
思えば、日本語メインで開催されるこうしたリトリート(合宿)に参加するのは初で新鮮な感じだった。
しかも、パートナーと共に1歳児連れ。
総勢30名以上のコミュニティでの6日間。

今回は特に「暮らしを共にする」という側面が強かった。
食事を一緒につくり、鍋や皿を洗い、コンポストトイレの処理をして、薪を拾い集めたり、掃除をしたり。ともすれば外部に頼んでしまうことを、コミュニティとして一緒になってやってみるという実験&冒険。

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自分の中で何が生じても歓迎する=非暴力

昨日はオンライン講座「自己共感というアート」の2回目。
NVCとマインドフルネスを軸にクラスを組み立てている。

今回のクラスは「ニーズにつながること」と「自己共感」の2本立てで学びを展開。少人数でやっていることもあり、質疑も含めてライブ感を個人的には楽しんでいる。

講座のために資料を読み返していて「これは伝えたい!」と思ったことのお裾分け。

NVCの基本的な考え方のひとつに「相手の言動は自分の感情のきっかけにはなっても、原因にはならない」というものがある。(関連記事「自分の内側で生じることのきっかけと原因」
自分自身の中で何かが反応を起こしている。その反応の奥にあるいのちのエネルギーとしてのニーズが言ってみれば原因。
そのニーズが満たされていると心地よい感情が出てきて、満たされていないと不快な感情が出てくる。
なので、感情を手掛かりにしながら、自分の内側で何を切望しているのか、願っているのかにつながっていく。ざっくり言うとそれが自己共感。自分自身の内的体験に寄り添うこと。

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NVCの自己共感と瞑想の重なるところ

この間、自分はヴィパッサナー瞑想(ゴエンカ式)を軸にしていたのだけども、少し他の瞑想も学んでみようとしている。
それは、人にマインドフルネスを伝える際にどういったアプローチが分かりやすく、楽しく、実用的かを探究したいから。

そんな流れで、ここ数日マインドフルネス関連の音源を聴いたりティク・ナット・ハンの本を読んでいるのだが、なかなか面白い&興味深い。

ティク・ナット・ハン『ブッダの<気づき>の瞑想』という本を読み進めている。
ヴィパッサナー経由の理解&経験と合わせていくことで、なんだか理解がぐっと深まる印象がある。本の中で紹介されている経典をベースにした7日間の瞑想コースもあって、それにも参加したことがある。コースでは経典を瞑想体験を通して腑に落とすとても密度のあるものだった。


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脱お酒のプロセス

お酒を飲まなくなって、どのぐらいだろうか?
ちゃんと数えてみると、2年9ヶ月。ここまでくると、もう戻る感じがしない。
今はお酒の存在すら意識にのぼってこないし、全くもって関心がない。
我慢して飲まないというのではなく、全然飲みたいと思わない。

こう書くと、「えっ本当に?」という声が聴こえてきそう。
僕のある時のイメージは「ビール仙人」だった。ビールをこよなく愛する山奥に住んでる仙人みたいな。

よく飲んでいた時期は、エ◯スビールを大瓶でケース買いして、冷蔵庫のない家の中にストックしていた。「常温が意外とうまいんだよ」「やっぱりオールモルトの瓶ビールがいいよね」なんて言いながら。
真夏の草刈りの後に昼間っからビールを飲んで、昼寝。畑や田んぼ仕事をして、身体を動かして、家に帰ってきてビールをシュポッ♪ みたいな暮らし。ワークショップ仕事などから帰ったら、どこかでビールを調達して1人乾杯。
休肝日の方が珍しくて、量はほどほどだけど、ほぼ毎日のように飲んでいた時期が長い。

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