いのちが何を望むか?

先日、NVCを一緒に学ぶ仲間とオンラインでつながる時間を持てた。 昨年LP(Leadership Program)で一緒に学び、1年を通して定期的に話をしている仲間。 先日共有してもらった、ロバート・ゴンザレスというNVCトレーナーのワーク。調子が悪くなって、途中で抜けたので、中途半端な理解になっていた。その内容を1時間ぐらいかけて一緒にやってみることができた。 “Life in me, life in you. What’s that life longing for ?” という問い。それを投げかけ、5分間、自分の中に起きていることを表現する。沈黙もあり、言葉に置き換えることもあり。 聴き手は相づちすらなしでただただ、その場をホールドする=包み込んでそこに居る。 5分間ずつ語るセットを4セットやってみた。 design-2808311__340 続きを読む

執着を離れる/思いやりを生きる 実践的な手法

ヴィパッサナー瞑想(ゴエンカ式)3日間+10日間コースに先月参加していた。
気づけばトータルで15日ほど京都のダンマバーヌに滞在。今回で10日コースは6回目だった。

瞑想自体は淡々と進めていけて、メンタル的にも身体的にもとても楽だった。
朝4時から動き出して瞑想、食事をして、瞑想、昼食とって昼寝して瞑想、講話を聴く、就寝みたいな流れ。トータルで1日10時間近く瞑想している。
こういった施設があって、お世話をしてくれる人たちがいて、美味しい食事があって、ヒーターの暖かさがあって、自分の内側に向かっていける。
静寂の中で庭に出れば、椿がつぼみを徐々に開いていて、雲が悠々と流れていき、木々は凛としていて、小鳥が歌っている。
「ああ、なんだかとっても幸せだなぁ。世界は美しいなぁ。」そんなことを日々感じていた。
空を見上げてそこに美しさを見出し、自然と涙ぐむようなことも度々あった。

tori

続きを読む

「言われた」って、どういうこと?

「聴く」という現象の中に面白いテーマがある。それは「言われた」というもの。
この辺を、サイエンズとNVCを融合しながら書いてみる。

ちょっと前にとある田舎地域のお祭りに参加した際に、地元に住む年配の人と話をしていて、こんな会話があった。ちなみに、その方はお酒がちょっと入っているのか、上機嫌に見えた。

「ところで、あんたいくつね?」
「今年40になります」
「へ〜、そうかい。若いねぇ〜。って言うか、そんなカッコして若作り!はっはっは〜」

こちらも思わず苦笑いというか、笑ってしまったのだが、瞬時に自分の中で起きていたことがあった。
speech-bubble-1604446_960_720
続きを読む

怒りと聖なる誓い

「怒り」にどう対応したら良いのか。意識上では怒らないように、と思っても、反応として出てくる。これまで一人で暮らしていたのが、今は「家族をやっていく」ということで2人暮らしになっている。刺激が多いからなのか、暮らしの中で出てくる自分の中の「怒り」。 マインドフルでいようと努めても、出てくるものは出てくる。 ちょっと困っていた。 anger 頭では「相手の言動は自分の感情や反応のキッカケとはなっても、原因ではない」とわかったつもりになっていても、どうしても「相手が悪い」というモードになってしまう。 「あんたが怒らせる」という構図。冷静に見てみると、反応が起きているのは自分の中。 自分の中がどうなっているのか?一人で考えようとしても、限界がある。 一緒にNVCを学んでいる仲間に共感モードで聴いてもらうお願いをした。 自分の奥深いところに何かがある気がしていた。 続きを読む

マインドフルネスとNVCの企画レポート

先日開催したマインドフルネスとNVCを融合させた企画。
参加者は4名とこじんまりとしていたけれども、内容はけっこう深く展開できたと思う。
時間が足りなかったな〜。今度は福岡に戻ってから1日使ってじっくりやりたいという気になっている。

これまでいわゆる「スピリチュアルな領域」の学びも積み重ねてきているけれども、そこにあるエッセンスも散りばめて組み立ててみた。
シンプルに言うと、思考の外側で自分とつながる、相手と繋がるということ。

topimage2

続きを読む

マインドフルネスとNVCの接点

10/15に「気づきの根っこ〜マインドフルネス×共感コミュニケーション」という企画を組んでいる。NVCとマインドフルネスを融合させた企画。どんな想いで何をやろうとしているのかを発信してみたい。

IMG_1243

6年ぐらいに渡ってヴィパッサナー瞑想(ゴエンカ式)に通っている。ここ2年は年越しで10日間コースに入っている。
おかげさまで、ほぼ毎日坐ることができるようになっている。「絶対にやめられない」と思い込んでいたお酒にも全く関心がなくなった。「全ては移り変わる」という理解の中で、執着することから離れる感覚も持てるようになっている。
とは言っても日常の中で瞬間的に怒ることもあるし、瞑想できない日があったり、自分の中に荒いエネルギーが出てくることもある。最近はパートナーと同居し始めたので、出てくる出てくる自分の醜い部分。。。まだまだ不完全な中で、一歩一歩歩みを進めている感じだ。
続きを読む

「聞く」「分かる」「やる」の3点セット

先日、「言う」「伝わる」「やる」という3点セットについて表現してみた。
これを別の角度からみてみたい。
今回は「聞く」「分かる」「やる」という3点セット。

ここ最近、身近な人とのやり取りの中で気付いていること。
「聞いたことに「反応で返す」」というパタンが自分の中にガッチリと入り込んでいる。

例えば、「あ〜お寿司食べたいなぁ」というフレーズを聞く。
瞬時に「また「あれ食べたいシリーズ」かよ」「おいおい、いくらかかると思ってんだ」といった反応が出てくる。刺激から即座に反応へ。

CIMG2732

NVC的なアプローチだと「相手の感情とニーズに意識を向ける」というモードが機能していない状態。
サイエンズ的なアプローチだと「人を聴く」というモードになっていない状態。
習慣的な反応にどっぷりはまっている。
続きを読む

なぜか3点セット「言う」「伝わる」「やる」

ちょっと前に参加したサイエンズの検討合宿での気づき
私たちの認識構造(捉え方)に潜んでいる「言う」「伝わる」「やる」の3点セットがあるということ。

例えば、暮らしの中でこんなことが起きる。
パートナーに「明日は雨だから、今日洗濯しちゃったら」と「言う」。
相手は「あっ、そっか」と応える。

その瞬間に自分劇場の中では「相手は洗濯をする」となってしまう。決まってしまう。
「言う」「伝わる」「やる」がワンセットになっている。

そうなると、「いつやるんだ」「まだやっていない」といった感覚が出てくる。
「ねぇ、洗濯したら?」とまた伝える。
そこから劇場はさらに展開して「何度も言っているのに」「なんで分かんないんだ」「早くしろよ」みたいに加速してくる。
あるいは、「自分の言い方が悪いのかな?どうやったら伝わるんだろう」といったアプローチを取ろうとする。
なぜか「やる」が大前提になっている。この場合は「洗濯をする」。

この時に何が起きているのか?どういったカラクリがあるのか?
サイエンズでは、それを「見ていく」「調べていく」ことをする。

56445398_264cf40501_o
続きを読む

2日間講座の手応え

福岡県宗像市にて9/23&24で2日間の講座を開催します。残席2名です。関心のある方はお早めにご連絡ください】

共感コミュニケーション講座。これまでは、福岡県内で1ヶ月ぐらいの期間の中で3回の場を持つスタイルでやってきた。
ご縁をいただき東京にて2日間連続で一気に学ぶ場を2回持たせていただいた。
3回シリーズでやる内容を2日間に入れ込む。けっこうな情報量になるのだけれども、「知的な理解」と「実体験する」ということを意識して流れを組んだ。
入門編では「自分自身に共感する」「相手を共感的に聴く」「お互いの人生を豊かにするためのリクエスト」という要素をお伝えしたいという意図を持ってやっている。

IMG_0107

「これまで共感と思っていたことと、全然違う質の共感があるんですね」
「相手に自分のニーズをリクエストしても良いのかぁ」
「情報量と実践的に学ぶバランスが取れていて、今まで受けた講座の中で一番分かりやすかった」
「頭ではわかった感じがするけれども、日常でどう生かすかはとっても難しそうだなぁ」
などなど、いろいろな感想やコメントをいただいた。
続きを読む