【オンライン】意図つむぎ 2020年の方向性つくり

2020年、ここが時代の転換点という話をチラホラと聴きます。

慌ただしく年末を過ごし、あっという間に年始を迎える人も少なくないでしょう。
変化の中で少し立ち止まり、じっくりと自分の内側に呼吸や身体感覚を通してつながり「意図をつむぐ」時間を持ちませんか。
昨年も開催して好評だった「意図つむぎ」2020年を開催します。

NVC(非暴力コミュニケーション)とマインドフルネスの手法を用いて
2019年をじっ〜くり丁寧に振り返り、
今この瞬間に自分の中にどんなことがイキイキしているかにつながり、
今ここからの生き方&在り方を明確にする。
それは頭で「こうしよう」と計画することとは、別次元です。

流されるのではなく、本来的なわたしを軸にして、流れを意図的につむぐ生き方へ。
そんな時間へのお誘いです。

2019年の内容&感想はコチラ

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「意図つむぎ 2020年からの方向性つくり」
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午前、午後、夜の時間帯で、4つの日程を用意します。
内容は全て同じ&オンラインです。
いずれかひとつにご参加ください。
所要時間2時間30分程度。
基本の時間帯(希望者とやり取りして柔軟に組み替えます)。
10時〜12時30分/13時30分〜16時/20時〜22時30分

①1月11日(土)満月

②1月13日(月・祝)

③1月14日(火)

④1月15日(水)

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【出張企画】夫婦の時間 ほぐしてひらいて

夫婦やパートナーシップって、その間柄がなかなか難しかったり、もんもんとしたりしませんか?

自分はパートナーの菜穂子と一緒に暮らしだして早3年目ですが、小競り合いが絶えません。。。
ムスメッチは1歳9ヶ月。夫婦喧嘩や口論が幼少期の子どもの脳へのダメージとなるという研究もあるとか。

「相手が悪い」「相手を変えよう」というモードにはそろそろ飽きてきた(といっても、根強くあるし、日常で出てくるけど)。
それをしていても、関係性はこんがらがったまま。あるいは硬直していく。

どこまでいっても、自分の中で生じる「反応」は自分のもの。
相手の言動はキッカケでしかない。
「反応」の原因は、これまで生きてきた自分の経験から蓄積された何か。
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わたしというシステムの中を見る「緊張する部分」

先日、自分の中で生じたことをIFSのプロセスに沿って深く見つめてみた。

初対面の人とやり取りする中で、自分に「緊張」する反応があった。
その時には、あまり緊張という自覚がそこまでなかったのだが。

その人と離れてから、自分の頭の中は「その人をどう理解したものか?」とぐるぐる思考をしている。
何かと理由をつけて、「こういう人だ」とラベルを貼りたがる。
そして、「そういう人だから」と距離を取ろうとし始める自分がいる。

その後、なんだか気分が重く、その人からのメッセージが入っていることを認識しただけで、身体に力が入るような状態。

これは何が生じているのか?と自分の中を見に行くことにした。
ありがたいことに、NVCも学んでいる共感仲間にじっくり80分ぐらい話を聴いてもらった。その中で、自分の内側にあるシステムについての理解がぐっと深まった。

以下はそのプロセスの内容を言葉にしたもの。
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自分の中を見る NVCとIFSと

「自分の中を見る」ということを、ここ最近やっているのだが、一体どんなことなのかを書いてみたい。
NVC(非暴力コミュニケーション)に加えて、最近学んでいるのがIFS(Internal Family System) という手法。日本語だと「内的家族システム」と訳されるみたい。
思い切った意訳をすると「わたしの内にある関係性とシステム」と言えるかな。

単純化すると、「わたし」の中にいろいろな特徴や役割を持った複数のパーツ/部分が存在している。全てのパーツは一生懸命に「わたし」という全体に貢献したくて動いていて、ポジティブな意図を持っている。

「怒る」、「ついつい嫌味を言う」、「相手を批判したくなる」「ダラダラとyoutubeを見てしまう」みたいな自分の中の動きも「パーツ」の働きと捉えることができる。
そのパーツにどんな感情や意図、ニーズがあるのか、そこにどんな歴史や経験があるのかをセルフ(魂の質)から聴いていく、共感していく。
話を聴く際に、パーツから距離を取るところが、この手法のひとつの鍵。

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「子どもを褒める」どんな意図がありますか?

先日の講座の中から出てきた疑問。
NVCの中で「つながりを阻む思考」として「Deserve-oriented thinking:特定の行為が報酬や罰に値するという思考」が挙げられています。
それに対して「子どもを褒めるのもこれに当たるのでしょうか?」といった趣旨の質問をいただきました。

それをきっかけに考えたこと。
褒めることがダメなのではなく、そこにどんな意図があるか?というお話。

大前提:「正しい、間違っている」という枠組み=発想を超える。
どちらも「人間の考え」でしかなく、そのぶつかり合いはただの解釈合戦だから。

NVCの世界観では「正しい/間違っている」という枠組みではなく、「何が大切か(そこにどんなニーズがあるのか)」という枠組みで物事を捉えます。

「子どもを褒める」のも「ダメ」なわけではありません。
それを前提としつつ、どんな捉え方ができるか書いてみます。
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自分がガンジーだったらどうする?【自分の感情や行為への責任】

NVC+実践練習会というオンラインのクラスをやっています。
先日のテーマは「つながりを阻むコミュニケーション」。

その中で「自分の感情や行為への責任の否定/自分の感情や行為への責任を取る」というトピックについて、質問があってやり取りをしたのですが、そこにあるエッセンスをシェアします。
以下は、どこまで行っても、自分の感情は自分の中で生じることだというお話です。

クラスの中で以下のニュアンスのフィードバックをもらいました。
「自分の感情の責任が自分にあるというのがしっくりこない。例えば、相手から傷つくようなことを言われた時に、その責任が自分にあるってどういうことですか?」

「相手に悪意があって何かを言ってきた時に、そこで生じる感情が自分の責任というのは、なんだか良くわからない感じがしてきます」

NVCの原則から見ると「他者の言動は自分の感情の「キッカケ」ではあっても、「原因」ではない。原因は自分自身のニーズが満たされているか、満たされていないかにある」となります。
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対話で「話し合い」を探究してみた

数日前に隣町の役場スタッフの有志メンバーと「お互いを尊重するコミュニケーションってどんな質?〜そもそも探究会〜」という場を持つことができた。

1ヶ月ぐらい前に「NVC的なことを学ぶ場を持てないか」という趣旨のオファーをいただき、やり取りをしてきた。
その中で見えてきたのは「NVCやマインドフルネスと言われても、何のことだか分からない」ということ。そりゃそうだ〜。
そして「仕事をしていく中で、コミュニケーションや会議のあり方にモヤモヤする部分もある」ということ。

そこで「対話をしながら、そもそも話し合いとかお互いを尊重するコミュニケーションってどんなことなのかを探究する場」を提案してみた。

以下は企画書に書いたテキスト。

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「ストレスや悩みの大半は人間関係とコミュニケーションに起因する」というフレーズがあります。
例えば、「住民のためにと思って働いているのに、クレームがきてガッカリ」
「上司(部下)とのやり取りに、いつも緊張感があって自然体ではいられず窮屈」
「『これ意味あるのかなぁ』という業務内容であっても、なかなかそのこと自体を話し合う雰囲気にならず、無力感を感じる」などなど。

ココが「お互いにとって心地よいもの」であったら、どんな日々が拡がっていくでしょうか?

「否定やダメ出しのない安心できる対話の場」を設けることで、「コミュニケーション」や「話し合い」ということをググっと掘り下げてみませんか? 続きを読む

NVC+実践練習会と「在り方」を学ぶこと

今「NVC+ オンライン実践練習会」というものを展開し始めている。
この間、NVC関連の講座をやってみて思うのは「日常で触れて学び続ける」ということがないと「そう言えば、そんなのもあったよね」と忘れ去られてしまう可能性が高いということ。

無理もない。みんな日々の暮らしや仕事で忙しくしていて、NVC的なものに触れる機会がなければ、自然と慣れているモードに戻っていく。
でも、どこか頭の隅で覚えていて、何かの機会に立ち返ることもある。
せっかく時間とエネルギーを使って学びに参加してくれる方々に、「学び続ける仕組み」を提供できたらな、と思っていた。

新しいことを学び、それが暮らしの中で定着するのに、以下の要素が大切だと思っている。
*「知的に理解すること」
*「日常の中で意識してみて、思い切って実践してみること」
*「意識したり実践したりして、どうだったかを振り返ること」
*「仲間がいて、経験をシェアし合えること」

これを全て含めつつ、そこに「気楽さ」と「継続性」を加えた仕組み。
どうしたら良いかなぁ、と思っていた時に手元にある500ページある分厚い本が目に止まった。

NVC Toolkit for Facilitators by Raj Gill, Lucy Leu, and Judi Morin (2009).

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プロセスの中で何が生じているのか? パーツワーク&NVCセッションの解説

先日紹介した、自分の「中学生の時の「クールな自分」というパーツに共感する」にまつわるプロセス。
今回の記事は、IFS (パーツワーク)とNVCの視点から上記のプロセスを解説してみたい。
それを通して、セッションの中で何が生じているのか、どんなことをしているのかを把握してもらえるかな、と。

まずは、「パーツ」について。
パーツワークの中では、人には本来的に複数のパーツ(部分)が自分の中にいると捉える。

「人に対して批判的なわたし」「弱い立場の人に優しいわたし」「本音を言わないわたし」「人との関係が面倒臭くなるわたし」などなど。
自分の例で言えば、「身内に対して不機嫌になるわたし」。
これを「自分の本質」「自分の特性」「自分の性格」「不機嫌=自分」とは捉えない。
「不機嫌なパーツ(部分)」が自分の中にいると捉える。
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