バディコールのちから

NVCを学んでいく上で、けっこう大切だよなと思っている仕組みに「バディコール」というものがある。「仲間/相棒との共感トーク」とでも言おうか。
2人、あるいは3人ぐらいで共感仲間を組み、定期的に共感モードで話を聴き合う時間。
今はオンラインのツールも簡単に使えるので、国内外問わず、時間さえ合わせればバディコールをすることができる。

僕自身は2016年にマウイで参加したIIT(International Intensive Training)の後に、参加メンバー2名とバディコールを始めた。
当初の自分の聴き方はアタマ経由の「共感」だったかな〜と思う。聴きながら頭で「ニーズはなんだろう?」と考えてしまう。頭で相手を理解しようと努める感じ。多分、NVCを学び始めた人のほとんどが通る道なのではないかとも思う。


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オンライン講座 キリンの耳を育てよう〜共感仲間と共感道場

NVCを学んだ当初は「これはすごい!」「共感って大切!!!」「家族に使ってみよう♩」と多くの人が感じます。
けれども、日常的に共感モードで聴いてもらう、聴くということがなければ、共感マッスルは鍛えられないことが多いです。そして、ついついこれまで身に付けてきた習慣的な反応になりがち。
責める、分析する、アドヴァイスする、わかるわかると同調する。。。
せっかく学んだのに、それではもったいない。

新しいことを学び定着させるには「知る/知的に理解する」「日常で意識する」「日常でやってみる」「やってみたことを仲間とシェアする」というプロセスが必要。
経験上、そのために共感仲間/エンパシーバディがいると学びがとてもパワフルになります。

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「俯瞰する」共感セッション レポート4

ギフトセッションはそれぞれの人の人生に寄り添うことでもあるなぁ、と感じている。
自分はセッション中はその場にいることと集中を大切にしたいので、一切メモや記録、録音を取らないスタイルでやっている。

終わってからその日のうちに記憶と印象を頼りに振り返りつつ、セッションの記録をまとめる。
内容をマインドマップ的に見える化していくのだけども、もう一度セッションを味わい直すような感じで感慨深くなることも度々ある。
その人の人生の一端に触れている感じだからだろうか。

俯瞰してみると、「ああ、ココとココがつながっているよなぁ」といった気づきがこちらにもやってくる。
こんな本も参考になるんじゃないかな、といったインスピレーションも出てくる。
そんなこともテキストベースでお伝えしている。
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オンラインで「意図つむぎ」をやってみた

思い立ってから企画初日まで4日ぐらいという中で「意図つむぎ」というオンラインワークショップを実施。
普段は余裕や丁寧さを大切にしたいから、ドタバタと企画はしたくない感じがある。けれども今回は年始に合わせて「意図」を明確にするというタイミングの方を取った形。
参加希望の方々とやり取りしながら、当初予定していた時間帯が全て変更になった。結果としてそれぞれの回に2名が参加してくれ、こじんまりとじっくりと意図をつむぐ場になった。

プログラム自体はNVCを知る前に組み立てたものなんだけども、全体を見直しながら、今回はNVCとマインドフルネスのエッセンスを入れて進行した。
自分につながる、ニーズにつながる部分で思考ではなく身体感覚に集中してもらったり。

「目的」とかってどうしても「やること to do」がメインになりがち。そこに意識を合わせるよりも、そもそも「何を大切にしたいのか?」というニーズ(いのちのエネルギー)にチューニングを合わせていく。


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意図つむぎ2019年の方向性つくり【オンライン】

2018年が終わり、2019年がスタートしますね。
「一年の計は元旦にあり」というフレーズを小学生の時に聴き「へ~そうなのか」と思っていた小さな自分がいました。大人になった今、皆さんにはどんな感じに響くでしょうか?
私の場合は「元旦じゃなくても良いけど、1年を振り返り、気持ちを新たに次の年の展望を描く」ということをすると、「よっしゃ!」という感じで内側から前向きなエネルギーが湧いてきます。きりりと清々しい感じですね。

時間を取って1年をじっくり丁寧に振り返る。
新しい年に向けて、今この瞬間に自分の中にどんなことがイキイキしているかに触れる。

NVC(非暴力コミュニケーション)とマインドフルネスの手法を用いて、自分につながったところから、2019年の生き方&在り方を明確にしてみませんか。

流されるのではなく、流れを意図的につむぐ生き方へ。

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音霊奉納と内側の共感プロセス

先月、友人が企画する「新嘗祭」という神事で、音霊奉納をさせてもらった。
以前何かの集まりで余興的に吹いたディジュリドゥーを覚えていてくれて、「やってみませんか?」と声をかけてもらった。

英彦山の豊前坊/高住神社の中
ディジュリドゥーはかれこれ出会って20年になるのだけども、下手すると1年間触っていないということもざら。これまでの経験上、1〜2日、15分程度でも練習すると普段使っていない部分の腹筋や肺がディジュ対応に整う。今回も何日か練習して前日も音を出していた。

ある程度自分の中で演奏のパタンをイメージしておいて、あとは即興。
そもそも僕は楽譜や音階とかよく分からないので、感じたままに吹くだけのスタイル。

「あきらさんトップバッターで。時間も「何分以内」とかないので、自由に演奏してください」と当日の朝に伝えてもらう。

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「自分の内にある」共感セッション レポート3

「自分を共感で包み込む100人ギフトセッション」
ゆっくりペースですが着実に一人一人に向き合いながらセッションをしています。
よく聞かれるのが「もう100人までいきましたか(まだ大丈夫ですか)?ということ。
12月11日現在16人の方とセッションを持ちました。ということはまだ84名の方とつながれます(数名はすでに予約をいただいています)。

もうちょっとペースを上げようかなという気もしつつ、「ガンガンこなして100人達成!」みたいなことが目標でもないから、まぁ、良いか。必要な人が必要な時に、というスタンスでいます。

セッションでは抽象的だけども、特に身体感覚やエネルギーの質感が「どんな感じ?」とよく投げかけます。
思考が作り出すストーリーや信念から離れ、「今、ここ」で何が本人にとってのリアリティなのか?
そんなところから展開していくセッションはなかなか奥が深いです。

まだまだ僕が提供できるギフトには余裕がありますので、気になる方は気軽にご連絡くださ〜い。

beart.nowhere★gmail.com
★は@に変えてください。

お二人の感想を許可をいただいて共有します。

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「やってくる気づき」共感セッション レポート2

ギフトセッション ゆっくりとしたペースではあるけれども、コンスタントに知人や友人、オンラインで初対面の方々と時間を共にしている。

僕は基本的に聴くモードに徹している。何を聴こうとしているかというと、その人の言葉の奥にある質感。そこにある痛みや歓び、そのさらに奥にある願いや命のエネルギー。
NVCの文脈で言うと、感情とニーズ。
サイエンズの文脈で言うところの「本心」に近いかな。

基本は「聴いている」のだが、セッションではそれ以上の何かが生じてくるから面白い。当人が自分でも見えていない部分にアクセスする、気づきが生じる、自分自身に出会う。

それぞれの人と話す度に、その人の人生の一端に触れさせてもらっている感じがして、こちらもギフトを受け取っている感じがある。

セッションを通して、それぞれの人がよりその人のコア/本質につながって、イキイキと輝くことを願っている自分がいる。
そんな人が溢れる世界って、どんな感じなんだろう。
その世界に近づくのに「聴く」ということがかなりパワフル。

11月は比較的余裕があります。ピンと来た方は気軽にお申込みください。

以下、参加してくださった方からのフィードバックをお二つ共有。
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「自分につながる」共感セッション レポート 1

3月にベイビー誕生から育休&主夫モードで過ごしてきたけれども、少しずつ活動を開始している。
「自分を共感で包み込む100人ギフトセッション」
ありがたいことに、知人や友人、まだ面識のない方含め少しずつセッションをさせてもらっている。

共感コミュニケーション/NVCに触れたことがない人でも、全く関係なく自分の中に潜っていくことができる。

50分という時間で各人各様のいろいろなことが生じる。以下はその一例。
人間ほとんどが(自分も含めて)過去の経験の中に「凍りついた状態」を抱えて生きている。
「なんであれ」それをジャッジせずに感じる、認める、受け容れるということ。
その際の鍵は身体の感覚、あるいは自分の中のエネルギー。
限られた時間の中で、必要なことが必要なだけ生じる。
そのプロセスが尊く、愛おしい。


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