バディコールのちから

NVCを学んでいく上で、けっこう大切だよなと思っている仕組みに「バディコール」というものがある。「仲間/相棒との共感トーク」とでも言おうか。
2人、あるいは3人ぐらいで共感仲間を組み、定期的に共感モードで話を聴き合う時間。
今はオンラインのツールも簡単に使えるので、国内外問わず、時間さえ合わせればバディコールをすることができる。

僕自身は2016年にマウイで参加したIIT(International Intensive Training)の後に、参加メンバー2名とバディコールを始めた。
当初の自分の聴き方はアタマ経由の「共感」だったかな〜と思う。聴きながら頭で「ニーズはなんだろう?」と考えてしまう。頭で相手を理解しようと努める感じ。多分、NVCを学び始めた人のほとんどが通る道なのではないかとも思う。


このメンバーでのコールは1年ぐらい近く続いたかな。回数を重ねるごとに、「相手の話を聴きながらニーズが浮かんでくる」という状態にもなっていった。相手が2名いたので、それぞれから違う視点で「こんな風に聴こえているよ」というフィードバックも「ほお!」という瞬間とともに楽しんでいた。
この頃は自分がNVCのワークショップで参加者の話を聴くということはたくさんしていたけれども、話を聴いてもらうという機会はなかなかなかったので、すごく助かっていた。

2017年にはBay NVCという団体が主催するLeadership Program (LP)という通年で学ぶプログラムに参加した。日本からも十数名が参加し、総勢40名以上のメンバーだった。
プログラムの中でバディコールは学びの仕組みとして位置付けられていた。
サンフランシスコと神奈川に住むメンバーと個別にバディコールを続けていった。
その時に、IITマウイで一緒だった別のメンバーとも「バディコールをしよう」という流れになった。その人はその当時はアメリカ在住で、現在はロンドンにいる。
定期的にコールをする仲間が3名いたので、毎月4〜5回はバディと共感モードで聴き合う時間を持っていたと思う。
現在は神奈川とロンドンの仲間と別々に月1~2回のコールを継続している。大体は1時間の内30分ずつを聴き合う時間に当てている。時にはじっくり1時間以上ひとりの話を聴くこともある。

相性もあるとは思うが、コールを続けていくことで信頼関係がどっしりと作れてくる。
相手もNVCを学んでいるので、「何を出しても、言っても受け入れてもらえる」という安心感がある。そこにアドヴァイスや批判、分析といったことが混じってはこない。もちろん求めればアドヴァイスももらえる。
自分自身は昨年の3月に父親になったのだが、産後のパートナーと赤ちゃんのケアでいっぱいいっぱいになっていた時にバディコールには本当に救われた。怒涛の日々の中にできた1時間。話し始めたらこみ上げてくるものがあって、涙が出てきた。「いやぁ、ほんと大変なんだ」ということが受け止められて、ゆるんだ。心底ほっとしたのを鮮明に覚えている。

最近は日常の中で出てくる自分の強い反応を見にいくプロセスを手伝ってもらったりもしている。それは自分の内的世界の中に静かに確かに潜っていくような感じだ。
お互いが学んでいることや持っている智慧をコールの中で試しに使うこともできて、それに対するフィードバックを出し合うことも。コールを重ねる分、お互いの深い学びにつながっていく。

そして、これにはなんと費用がかかっていない。オンラインのアプリも無料だし、時間さえ合わせられれば得られるものは多い。

NVCを長く学び、日常の中で活用し、その意識を育てていくにはバディコールは本当にいい仕組みだと思っている。
こうして日常の中にNVC意識が定着していくと、自然と共感モードで聴ける人が世に増えていくのだと思っている。
誰かが困ったり葛藤している時に、周囲にキリンで聴ける人=共感モードで聴ける人がたくさんいる世の中であって欲しい。

cf: オンライン講座 キリンの耳を育てよう 共感仲間と共感道場