「正しいか」「間違っているか」を超えたところ

「間違ったことと正しいことという考え方を超えた所に場が広がっています。そこで会いましょう。~Rumi」

この詩はとても奥深いと感じている。

非暴力コミュニケーション(NVC)やサイエンズを学ぶ中で、「正しいか/間違っているか」という枠組みを超えたところに平和の鍵があると感じている。

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NVCで捉えると、あらゆる人間の言動は「ニーズ/必要としていること/大切にしたいこと」を満たしたいところに根がある。ニーズは人間が普遍的に持っている要素なので、そのレベルでは正しいも間違っているもない。
ただ、その人の願いや想いがあるだけ。
それをどう満たすかという手段/ストラテジーのところで対立が生じる。
例えば、「つながり」というニーズを満たしたいから「歓送迎会」という手段を取る。その歓送迎会に対して「そんなの時代遅れだ=間違ってる=出たくない」みたいな反応があってもめたりする。
サイエンズで捉えると、私の認識は自分劇場の中の「自分が捉えたこと」「自分の感覚」でしかない。そこに、正しいも間違っているもない。ただ、私はそう認識しているというだけのこと。
「歓送迎会をやりたいなぁ」と思っている人がいて、そこに何か想いがある。それを聞いて「時代遅れだなぁ」と捉えている人がいて、そこにも何か想いがある。
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共感と同調

共感的コミュニケーション(非暴力コミュニケーション/NVC)のワークショップを福岡県下で開催してきた。
WSをしながら感じたことや気づきを書き記しておこうと思う。
参加者に話をすることとも重なるので、WSの雰囲気もつかんでもらえると良いな。

今回は共感と同調の違いについて。

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一般的に捉えられている「共感」とはどんなものか?
手元にある岩波 国語辞典を引くと以下が定義されている。

「共感:他人の考え・主張に、全くそうだと感ずること。その気持ち。同感。」

巷でよく耳にするのは「分かる分かる、そうそう、だよねぇ、共感できる~」といった言葉だ。
この共感感覚だと、「自分の捉え方はちょっと違うなぁ」という場合に共感はできないことになる。
これは、見方を変えると共感ではなく「同調」や「同意」だということが分かる。「分かる分かる」という感じで相手と自分の感じていることが同じように思える状況のことだ。
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「スキルとメタスキル」(IIT@マウイ)

マウイでの学び
実は最初の数日間は「どのクラスを取ったら自分にとって最大の学びになるか?」みたいな気持ちでいた。
そして、時間の限られた2時間ぐらいのクラスの中で「何が学べたか」ということをすごく気にしていた。
「本を読めば分かることでは?」みたいな反応が自分の中に出て来たり。何か、焦っていたのだな、と今は思う。

けれども、時間を重ねる間に「僕がココで学んでいるのは、スキルを超えた所にあるメタスキルなんだな」ということがジワジワと腑に落ちてきた。

氷山を思い描いて欲しい。
海面から出ている部分。これをスキルとしよう。
その部分をやっきになって学んでも、小手先のスキルでしかない場合がある。

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NVC マインドフル・コミュニケーション

3週間ほどハワイ州のマウイ島とハワイ島に行って来た。
メインの目的はマウイ島で開催されるNVC (Non-Violent Communication)の国際集中トレーニング(IIT)に参加することだった。

それなりのコストと時間を投じてわざわざハワイまで行ったからこそ、得られたものがたくさんある。

IIT@マウイでの気付きや発見を表現していきたいと思っている。

その前提として、NVCについて自分なりの理解をごく簡単に整理しておこう。

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