生後8週間 共生期間について モンテッソーリ育児

ベイビーが誕生して6ヶ月が経った。長かったような、あっという間のような。
暮らしのリズムもだいぶ落ち着いてきて、自分のやりたいことに時間を使う余裕も出てきた。
我が家の「育み合い」について「生後8週間に渡る母子の共生期間」を通して書いてみたい。

以前の職場でモンテッソーリ育児の書籍『デチタでチたできた!』を発行したことがあった。その際に何度も聴いた用語だった「共生期間」。まさか、自分がそれを実践するとは思ってもいなかった。

出産後にもあれこれ調べる中で明確になったことも含めて「共生期間」について自分の理解を書いてみたい。

出産という経験は赤ちゃんにとっては「分離」の経験でもある。今まで母親のお腹の中で「ひとつ」の状態で大きな安心と共に過ごしていた。心地よい羊水の温度と必要な栄養が供給される環境。その満たされた中ですくすくと育っていく。不足は存在しない、本当に満たされた世界なのだと思う。

出産はその環境から外界へ出て行くことになる。「ひとつ」という状態だったのが、「母親」と「自分」という「別々」の状態へ移行する分離の経験だ。
無条件で満たされていたことが、満たされない可能性もある場へ。いつでもそこに羊水があって、必要であれば飲める環境から、母が差し出してくれないとおっぱいを飲めないという環境へ。

この経験をしつつも、2ヶ月ほど母子が密着して暮らすことで、「分離」は「愛着」へと変容していく。自分に対しての愛情を感じられる、必要なものや質が満たしてもらえる状態。母親はほぼいつでもすぐ近くにいるし、肌の温もりも感じていられるし、お腹が空けばおっぱいをもらえるし、オムツが濡れたと泣けば取り替えてくれる。
多分赤ちゃんにとっては「急激な環境変化」の時間を生きているのだが、母が近くにいてくれることで、徐々に環境に慣れていくのだと思う。

そういった経験の中で「世界は安心だなぁ」「生きるって素敵だなぁ」という基本のモードを培っていける。いのち、人間、世界に対する信頼の土台を作るようなものだと思う。

世界や人をどう捉えるかに直結する「コアな信念」は幼少期に形成されると聴く。例えば、「世界は危険なところだ」とか「私は大切にされない/私は愛されない」みたいな考え。それが当人の中ではあたかも事実のようになっていて、フィルターの役割を果たす。そして、世界や人をどう捉えるかを左右している。
最近自分の中で見えてきたコアな信念に「人は突然怒り出すし、いきなり叩かれたりするから危険&怖い。用心すべし!」みたいなものがあることに気がついた。この信念があることで、僕はどこか「人を警戒する」「何か言われるんじゃないか」と構える傾向がある気がしている。

生後8週間の共生期間でこの「コアな信念」が「世界も人も信頼できる」「生きるって楽しいことだよね」という感じで形成されていたら、世界はより平和になるんじゃないかと思う。

自分の中で「平和」ということはとても大きなテーマだ。大いに躓きながらも、いかにそれを生きるかを模索している。
生後8週間の共生期間をサポートすることで、赤ちゃんの中に平和の芽が着実に育つだろうと思っている。

実際にやってみてどうだったかは、また後日。

ちなみに、共生期間に関してはこの記事を参考にしました。
きたしば保育園の記事「生後6~8週までは母子共生期」