魚屋さんに気持ちを伝える

この瞬間に自分が大切にしたいことにしっかりつながると、思考で理屈を付けて判断するのとは違った行動にスーっと行けることがある。
習慣的あるいは反応的な行動ではなく、自分とつながったところからの意図的な選択。NVCで言う、自己共感のひとつ。
日常の中のひとコマ。

この数ヶ月、妊婦&産後ご飯の対応もあって、ときどき魚を購入していた。
近くの道の駅にある鮮魚コーナー。
何気に魚の質が高いなぁ、と思っていた。
パートナーはよく「今日は何がおすすめですか?」みたいな感じでお店のおじさんと話をしていた。

つい先日、立ち寄るといつものおじさんプラス経営者っぽい人がいた。
我が家の赤ちゃんも一緒だったので、話が弾む。「最近の赤ちゃんは昔と違って顔がしっかりしているよなぁ」といった話題で立ち話。
話の中で経営者っぽい人(オーナーだった)が「ここは今月(5月)一杯なんだよ」と言う。



驚きつつ、残念がりつつ、いつも美味しく魚を頂戴していたことを伝えると、「そりゃそうだよ。長浜(福岡市)の魚市場から毎日仕入れてんだから。ここに並んでる魚は言ってみれば高級魚なんだよ。けど、けっこう大変でねぇ。店長は毎朝早くから働いていて、ちょっと続けるのも難しくなってきちゃってさ」と。お店から長浜までは1時間半か2時間はかかるだろう。

言われてみれば、「長浜市場から直送」という表示がしてある。今まで全く気にも留めてなかったけど、おじさんの働きがあって、美味しい魚を食べられていたようだ。

最終日が近くなった段階で、何となくちらっと寄っておじさんに挨拶したいなぁ、と思っていた。
その奥には自分の心の中で二つの側面があった。
片方はこんな感じだ。「わざわざ挨拶にまで行かなくても良いんじゃないの。別にそこまで親しいわけでもないんだし。大体、今日魚を買って食べたいのか?」

もう一方はこんな感じ。「もう二度と会わないかも知れないおじさん。彼にお店があったこと、魚を購入できていたことで、自分の中でどんなことが満たされていたのかを伝えたいなぁ。そんな会話ややり取りが世の中にあっても良いんじゃないか。」

NVC的に見ると、前者は「気楽さ」や「効率」といったことを大切にしたい感じ。
後者は「交流」「つながり」「感謝の表現」「遊び心」といったことを大切にしたい感じ。
両方を意識しつつ、改めて自分につながってみると、後者の質感がより自分にしっくり来た。つながりを大切にしたかったり、軽やかな人と人の関係性、あたたかさ、望む価値を自分で体現することなども浮かんでくる。

「よし、行くか」ということで夕方に立ち寄ってみると「すんませんねぇ。明日までなもので」と品物があまり無い。そりゃそうだよね、と思いつつ。とりあえず、真サバとアジの刺身を手にとって、少し話をした。
お店に向かう道すがら、おじさんにどんな言葉をかけたものか、自分は何を伝えたいのか、どんなニーズが満ちたと伝えたいのか、と自問していた。

あまり頭の中はまとまっていなかったが、こころは明確だった。そこから出てきた「言葉」は以下のような感じ。

オーナーと立ち話をした時に、けっこう朝早くから働いていたと聴いたこと、お陰様で妊婦期間と産後に良い魚を食べさせてもらえたこと、「ありがたいなぁ」という気持ちでいること。

そんなことを伝えた。今思うと、言葉がスムーズに出てこない感じもあったけど、気持ちはは届いたんじゃないかな。

おじさんも「ありがとうございます」と笑顔で応えてくれた。

そんな交流を嬉しく感じながらも、外に出ると、雨上がりの虹が綺麗にでていた。