バディコールと大地に触れる瞑想

先日にあったNVC仲間とのバディコール(定期的に共感モードでお互いを聴き合う時間)。
一緒にお互いの内面を探究する質感がある。たまに深いセッション級の時間にもなる。

相手から「ちょっと共感が必要なんだけど」という趣旨のメッセージをもらって、翌朝にコールをセッティングしたのだけども、自分の中がザワザワしていてなんだか落ち着かない。
その中でこんなやり取りとアクションに落ち着いた。

ワタクシ「話を聴きたい気持ちもあるんだけど、自分の中が落ち着いていなくて、先に聴いてもらいたいような感じがあるなぁ。多分、エイヤって聴き始めればいける気もするんだけどさ。ふー、今そっちはどんな感じ?」

バディ(仲間)「そっか、うーむ、私も聴こうとすればやれる気もするけど、あんまりスペース(余裕)はない感じだな〜。どっちかっていうと、私も聴いて欲しい感じがあるなぁ。」

ここは本当にお互いの正直さをベースにやり取りをする。
取り繕ったり、義理や義務で動かない。無理しない。

で、どうしたものか?

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マインドフルネス・リトリートでの学びとインスピレーション

ティク・ナット・ハン師の書籍は10年ぐらい前からちょこちょこと読んでいた。ヴィパッサナー瞑想の経験もあるから語られていることの理解はそこそこしているつもりがある。
GWに富士山で開催されたプラムヴィレッジ・マインドフルネス・リトリートに参加することができた。

実際に僧侶の方々と直に接して話を聴いて、4泊を共に過ごして、学びの時間を共にする中で何かがジワジワと沁みてきている感じがある。

【日常の一瞬一瞬にマインドフルであること】
2つの気づきを書いてみる。

ひとつは、喜びや幸せにいつでもつながっていること。
それは、「お金や物があるから」「これを経験したから」といった条件付きではない質のもの。
ブラザー&シスター(僧侶と尼僧)たちは、ほぼ常時自然な笑顔だった。どっしりと今にいて、落ち着いていて、微笑みを絶やさない。

自分自身は自然に近いところで暮らしているので、日々の空気感や自然の変化に気付き、それを味わい歓びにつながることは「ほぼいつも」という感じがある。
最近は1歳児も一緒に暮らしているので、歓びには事欠かない。
けれども、それを表現するといったことにそこまで意識がない。微笑むというのも、実は苦手だったりする(特に家の中で)。
それが現状の自分だけども、どう在りたいかを意識して日々実践をしてみようと思う。
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