怒りが見せてくれたもの(その2)IFSプロセス

先日書いた自分の中の「怒り」をIFSの手法で見に行った話の続き。

次の日に、ひとりで時間をとって、じっくりと「怒りのパーツ」の話を聴きにいってみた。
その対話の中で明確になったのは以下のこと。

*怒りを抱えているパーツは「フンヌ(憤怒)」という名前。
*世の中の不条理や矛盾を認識すると「人間ってこんなにもバカなの?愚かなの?」という絶望的な感覚がやってくる。
*フンヌが関わっている怒りの80%ぐらいは「外側」から来ている。それは、集合的な怒りである。

*把握しきれない世の中の矛盾や不条理。そこへの集合的な怒りと連帯している。
*全てを把握することはできない。世界中に同じ感覚で怒っている同志がいる。みんな頑張っているから、自分も頑張らねば(気を抜けない。意外と疲れる)。「みんな頑張ってるから、自分は身近なところで感じる矛盾や不条理にはガンガン声を上げていこう!」というモードで常に居る。
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怒りの声を聴きにいく(その1)IFSのプロセス

IFSという手法を学びながら個人セッションにも活かしている。
自分の中でだいぶ理解と経験値が蓄積されてきた感じがしている。
今日は、自分の中の「強烈な怒り」の声を聴きにいった話。

先日、共感仲間に手伝ってもらって、自分の中にある「怒り」の声を聴きにいった。
自分の内なる声を聴く手法として「パーツワーク」はステップが明確だし、NVCと親和性もあるし、何より思わぬ発見があり、自己理解と自己受容が深まる。
自分が普段は意識していない自分の部分に出会える面白さもある。

IFSの大前提は、ひとりの人間の中に複数のパーツが存在していて、全体がシステムとして機能しているというもの。
自分の中に、内外に批判的なパーツやタスクをテキパキこなすパーツ、段取り力を発揮するパーツ、世の不条理に過剰に反応するパーツなどなど、たくさんの存在がいる。
全部ひっくるめて、今のわたし。


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気軽に自分の中を見にいく

NVC的な「共感」を関心のある方に体感してもらいたいという意図もあってスタートした100人ギフトセッション
かなりスローなペースですが50名を越えました。
あまりガシガシ宣伝もしていないし、子育てもあるから前のめりにもなっていないけど、ジワジワと。

当初始めた時と、現在はセッションの内容と質が変容してきている。
最近はIFS (Internal Family System) パーツワークの手法をベースにして、その人の話を聴いていくスタイルになることが多い。
IFS/パーツワークのお試し的な位置付けの側面も出てきたかな。

先日IFSの手法をベースにしたギフトセッションを受けてくださった方が「気づきはありましたか?」という問いに以下のコメントを寄せてくださいました。

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I・Nさん
ありまくりです。衝撃でした。
もう気にしていなかったつもりでしたが、
自分の中で、少年期の頃の痛みがまだ怖れの要因となって、
自分を守ってきてくれたこと、限界を作っていたことに気付けました。

また、自己受容がテーマの時期でしたので、自分の中のあらゆる部分を
家族として、内包してあげるという手法、NVC的に関わること、
これは自尊心に課題を抱えていらっしゃるとお感じになられる現代のすべての方に必要なセッションと思いました。
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わたしというシステムの中を見る「緊張する部分」

先日、自分の中で生じたことをIFSのプロセスに沿って深く見つめてみた。

初対面の人とやり取りする中で、自分に「緊張」する反応があった。
その時には、あまり緊張という自覚がそこまでなかったのだが。

その人と離れてから、自分の頭の中は「その人をどう理解したものか?」とぐるぐる思考をしている。
何かと理由をつけて、「こういう人だ」とラベルを貼りたがる。
そして、「そういう人だから」と距離を取ろうとし始める自分がいる。

その後、なんだか気分が重く、その人からのメッセージが入っていることを認識しただけで、身体に力が入るような状態。

これは何が生じているのか?と自分の中を見に行くことにした。
ありがたいことに、NVCも学んでいる共感仲間にじっくり80分ぐらい話を聴いてもらった。その中で、自分の内側にあるシステムについての理解がぐっと深まった。

以下はそのプロセスの内容を言葉にしたもの。
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プロセスの中で何が生じているのか? パーツワーク&NVCセッションの解説

先日紹介した、自分の「中学生の時の「クールな自分」というパーツに共感する」にまつわるプロセス。
今回の記事は、IFS (パーツワーク)とNVCの視点から上記のプロセスを解説してみたい。
それを通して、セッションの中で何が生じているのか、どんなことをしているのかを把握してもらえるかな、と。

まずは、「パーツ」について。
パーツワークの中では、人には本来的に複数のパーツ(部分)が自分の中にいると捉える。

「人に対して批判的なわたし」「弱い立場の人に優しいわたし」「本音を言わないわたし」「人との関係が面倒臭くなるわたし」などなど。
自分の例で言えば、「身内に対して不機嫌になるわたし」。
これを「自分の本質」「自分の特性」「自分の性格」「不機嫌=自分」とは捉えない。
「不機嫌なパーツ(部分)」が自分の中にいると捉える。
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中学時代の「クールな自分」というパーツに共感:NVC+IFSの内的対話

「パーツワーク」という手法で「自分を見にいく」ということを定期的に仲間とやっている。
パーツワークはIFS (Internal Family System) というセラピーの手法から来ていて、NVCの共感と組み合わさると「自分を見る」「自分に共感する」ということがグッと深まる印象がある。

ある日のプロセスを紹介してみよう。

この日は「自分の中の不機嫌さ」ということをテーマにしてNVC仲間に話を聴いてもらった。「自分=不機嫌な人」というのではなく、「自分の中に不機嫌なパーツがいる」という理解からスタートする。
ちなみに、このパーツは以前にも見にいっていて、「その後どんな感じかな?」というフォローも含めてプロセスに入った。

自分の中の不機嫌なパーツに意識を向けると、以前とは違った身体の領域にそれが居る。右胸の辺り。何だか重苦しい感じがある。
それを感じていると、革製の水袋のようなイメージが浮かんできた。
その水袋は中に水が入っていて重みがあり、それが木の蓋の下に釣り下がっているようなイメージ。
重みで引っ張る形で、内側から蓋をしている。
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