意図的な貧困!?

先日、紹介されていた記事を読んだ。
「意図的に貧困を選ぶ人々」について、英語の記事だ。

消費社会とストレスフルな仕事が嫌になり離脱した人。
住居のスクウォッティング(占拠)をしていた人。
ジャーナリストとして活躍することを夢見て、今はお金のない暮らしに耐えている人。
いろいろなタイプがあるけれども、「意図的に貧困」を選んでいるということだ。
そういった選択をできること自体が特権で、貧困にならざるを得ない黒人やヒスパニックの置かれている状況との間にはギャップがあると解説されている。
けれども、ひとつのライフスタイルを提示しているのではないか、といった趣旨の記事。


“Living on $5,000 a year, on purpose: Meet America’s ‘intentional poor'”

メインで記事に取り上げられているプライスさんは、年間5000ドルで暮らしているという。日本円で50万円程度。
移動は自転車、食事はシンプル、病気にならないように運動をして、ホビットホールと言われる洞窟のような家に住んでいる。写真を見るだけでも面白い。

彼の暮らしを「意図的な貧困」という切り口で記事は捉えているのだけれども、ぜんぜん貧しくないと思う。
むしろ、すごく贅沢な暮らしだ。
僕も消費主義とはバイバイしちゃったし、収入もガクンと減らしているし、買うよりも作るというスタンスで生きている。確かに、金銭面で比較すると他の人よりも少ない。けれども、自分が貧しいとか惨めだと思ったことは全くない。
自由な時間、自分と向き合うこと、好きな本を読むこと、自然を感じること、創造的な活動をすること、ピュアな水と空気、野菜と米をいただくこと、どれもこれも、仕事をしていた時よりも格段に豊かだ。
これはもう「意図的な幸せ」である。


ふとよく見ると、とんでもなく美しい自然の造形

上記の貧困に陥れられてしまう人たちのことを思うと、複雑な心境にはなる。
けれども、自然の近くで暮らしを営む、自然からいただく、自分の手を動かして作り出すというところに意識を集中して動いていけば「あぁ、システムが貧困を作り出して、そこにはめられてしまうんだ」と理解できると思う。


今年たわわに実ったゆず。ブツブツ交換を呼び掛けたら、お菓子、米、野菜、Tシャツ、果物、書籍などに化けた。感謝。

「問題を作り出したのと同じマインドセットで、その問題を解決することはできない。」アインシュタインの言葉。

年間50万円で生き延びるスキルを身につけられたら、意図的な幸せを作る力も相当あるよね。年間の金額は、まぁ、どうでも良い気もするが、少なくてもやっていけるということは、それだけ生きていくスキルが磨かれるってことだと思う。